旭川家庭裁判所 昭和52年(家)20号 審判 1977年2月17日
申立人 小川涼子(仮名)
相手方 島田良平(仮名)
事件本人 島田良治(仮名)
主文
事件本人の監護者を申立人に変更する。
申立人のその余の申立を却下する。
理由
1 申立人は「事件本人の親権者を相手方から申立人に変更する」との審判を求め、その理由として主張するところは次のとおりである。
申立人と相手方は昭和四五年一一月二七日調停離婚し、相手方が事件本人の親権者となつたが、昭和五一年一〇月一三日から現在に至るまで申立人が手許で事件本人を監護養育しており、今後も申立人が養育していくつもりなので、事件本人の親権者を申立人に変更する旨の審判を求める。
2 一件記録によれば次の事実が認められる。
申立人と相手方は昭和三二年八月小樽で婚姻し、両名間には長男公治(昭和三二年九月一三日生)、長女かおり(昭和三五年八月一二日生)、二男の事件本人が出生した。しかしやがて、相手方の暴力、申立人の異常行動(深夜外出など)などが原因で両名間に争いが絶えないようになり、昭和四五年一一月二七日札幌家庭裁判所小樽支部で調停離婚し、その際三人の子供の親権者は相手方と定められ、相手方はそれまで勤務していた○○○○○を退職して旭川に転居し、子供達の監護については親兄弟の援助も受けながら、その監護養育にあたつてきたこと。
その後昭和五一年九月長女かおりが家出をし虞犯保護事件として旭川家庭裁判所に係属したのをきつかけに、同年一〇月中頃申立人は相手方に無断で事件本人を小樽に連れ帰り現在に至つていること、
申立人は現在小樽市内のアパートに事件本人と二人で生活し、昭和五一年一二月末から給料一か月七万五、〇〇〇円の約束で会社勤務をするようになつたが、特に財産等は有していないこと、
申立人は中学二年生の時約一週間、同三年生の時約一か月間××病院神経科に入院したのをはじめ、昭和三七年夏に約二か月、同年一〇月から同三九年四月までそれぞれ△△病院神経科に、同四四年、四五年にも小樽の○病院神経科に、精神分裂病等と診断されて入院したことがあるが、気が強く、どちらかといえばものごとを自己中心的に解釈したり、思考と現実との識別が希薄である点や精神的な安定性に欠ける点が多少認められること、
また上記のとおり申立人が入院したりその他の事情で、子供達は申立人の親、相手方の親、施設等に預けられた期間も長く、離婚後も長男は毎夏冬の休暇に申立人を訪れたり、申立人と文通したりしていたが、かおりと事件本人は、申立人に引取られるまでの間に長男に連れられて二、三回申立人のところへ遊びに行つたことがあるのみであり、従つて申立人と事件本人が接触していた期間は非常に短いこと、
離婚直後長男が申立人とともに生活するべく申立人の許に来たが、申立人は半年ほど後には公治を旅館に置き去りにしてしまつたため、公治は児童相談所を通じて相手方に引き取られたこと、またかおりも昭和五一年一〇月申立人に引き取られたが、申立人の生活態度や申立人が事件本人に不必要に相手方の悪口をふき込んだりすることに不安を感じ、約一か月後には申立人と口論して相手方の許へ戻つてしまつたこと、
申立人はその性格のためか社会生活の上では多少不都合な面もみられるが、母親として事件本人の身辺の監護は比較的よくしており、事件本人は性格的には明るく素直な子供であり、申立人の許で生活してまだわずかの期間しか経ていないが、母親との生活を楽しみ、仮入学先の学校でも級友達の中にとけ込み、現時点においては比較的安定した生活を送つていること、
相手方は現在旭川市の市営住宅に居住し、××××株式会社に勤務して○○○○工事に従事し月額約八万円の収入があるほか、年額約二〇万円の年金を得ていること、
事件本人は、申立人が連れ去るまでは、相手方がその親らの援助を受けながら手許で養育し、最近はかおりが主として事件本人の身辺の世話をしていたこと、
相手方は極端に激昂しやすい性格で、子供達に対しても些細なことで暴力を振うことが多く、従つて公治、かおりと相手方との仲は相当険悪な状態にある時も多く、昭和五一年九月かおりが家出をしたのも相手方の暴力に耐えられなくなつたのが一原因でもあり、その後もかおりは相手方の暴力を恐れて不安定な状態にあること、さらに相手方はその激昂しやすい性格のため旭川に居住している相手方の妹達との仲も必ずしもうまくいつているわけではないこと、
しかし相手方は事件本人を非常に可愛がつており、事件本人に対しては、公治とかおりが事件本人を相手方の暴力から保護していたこともあつてか、直接暴力を振つたことはあまりなく、事件本人が申立人に連れ去られる前までは、自ら学校への送り迎え等もしていたこと、
相手方はその仕事ぶりは真面目で責任感も強く、仕事の上では暴力を振うようなこともなく、他人との関係も正常であること、
3 以上の事実によれば、申立人が事件本人を親権者である相手方の許から無断で連れ出したのは不当な行為であり許されるべきではないが、現在事件本人は申立人の許で安定した生活を送つており、特に事件本人はいまだ小学校五年生で身辺の十分な監護を必要とする年齢であり、母親である申立人の許で相当の身辺監護を受けている状態にあることは事件本人のために保護されるべきである。
しかし申立人は事件本人の幼時から引続き接触してきたわけではなく、現在事件本人が申立人の許で安定した生活を送つているとはいつても事件本人が申立人の許で生活するようになつてからまだ数か月しか経つておらず、申立人が公治やかおりに対してとつた態度、精神面での不安定、またそれが事件本人に与える影響を考慮すると、今直ちに事件本人の親権者を申立人に変更してしまうことには危惧がある。
相手方は事件本人の身辺監護という点については申立人より劣るかもしれないが、相手方の親の援助やかおりの力が大きかつたとはいえ、事件本人を幼時から申立人に連れ去られるまで養育してき、事件本人は明るく素直に育つていることや、相手方は冷静でいさえすれば妥当な判断力をも有している点を考慮すれば、事件本人の親権者は従来どおり父親である相手方とするのが相当であるが、その監護については現時点では母親である申立人に委せるのが相当である。
4 以上の理由により、本件申立については、親権の内容の一部である監護権のみを申立人に行使させることとして事件本人を監護すべき者を申立人に変更し、その余は理由がないから却下することとして、主文のとおり審判する。
(家事審判官 竹江禎子)